今こそ、「日本文明」の再発見を! 繰り返しになりますが、日本は穏やかで平和な国であり、人々が互いに助け合い思いやる幸福な民族が生活する国です。 明治維新は、当時すでに日本近海まで迫っていた欧米列強の侵攻に対抗し、独立を守るためになされなければならないものでした。国家として必要なことであり、それについての明治政府の国家運営は十分に成功したと思います。 日本は明治維新以降、「文明開化」「和魂洋才」「殖産興業」など、さまざまなスローガンを掲げて西洋の文明を吸収しました。明治維新前から最も大きく変わった点は防衛でした。「富国強兵」による軍事力の拡大です。 西洋は、世界に対して植民地政策を展開して世界の覇権を獲得した理由をさまざまに説明します。哲学が優れていたからだ、文化が進んでいたからだ、布教の使命感があったからだ、科学技術が先進していたからだ、などといろいろに言います。 しかし、その本質は「軍事力」でした。大砲を搭載した軍艦をどれだけ保有するかが植民地政策の肝であり、戦争に勝てなければ話にならない、というのが当時の国際常識でした。 モースが「部屋に鍵をかけないのに机の上の小銭がなくなったことがない」と言って感心した日本人の倫理・道徳心の高さは今に継がれています。 2012年のWHO(世界保健機関)の統計を参考にしてお話ししますが、日本の殺人事件数は人口10万人当たり0.4件でした。統計に参加した国194カ国中193位です。日本よりも殺人数の少なかった国はルクセンブルクで人口10万人当たり0.2件でした。 10万人当たりの殺人事件数が最も高かったのが南米のホンジュラスで103.9件です。ロシアは13.1で9位、アメリカは5.4件で93位です。中国は1.1件で171位ですが、共産党一党独裁体制の特性から見てこの数字はあてにはならないでし ょう。 世界平均は8.7件です。日本という人口約1憶3千万人の大国で、殺人事件数が人口10万人当たり1.4件という数字は、やはり日本が独特な文明であることを物語っています。 もう一つ例を挙げると、1859年、イギリスの初代駐日総領事に就任したオールコックは著書『大君の都』で、小田原近辺の様子を次のように伝えています。 「封建領主の圧制的な支配や全労働者階級が苦労し呻吟(しんぎん)させられている抑圧については、かねてから多くのことを聞いている。だが、これらの良く耕作された谷間を横切って、非常な豊かさのなかで所帯を営んでいる幸福で満ち足りた暮らし向きの良さそうな住民を見て、これが圧制に苦しみ、過酷な税金を取り立てられて窮乏している土地とはまったく信じられない。むしろ、反対にヨーロッパにはこんなに幸福で暮らし向きの良い農民は居ないし、またこれほどまでに穏和で贈り物の豊富な風土はどこにもないという印象を抱かざるを得なかった。気楽な暮らしを送り、欲しいものもなければ、余分なものもない」 まさに「足るを知る」社会で幸福に生きる人々の姿です。自虐史観の日本人がよく口にする、「鎖国によって閉ざされた国で惨めに生きる科学に遅れた人々」などではまったくありません。日本人は貧しかったというのは、戦後教育と戦後マスコミのプロパガンダによる誤った認識です。 日本の豊かな海の恵みの中でのびのびと暮らす人々、のどかな田園風景の中で生き生きと暮らす人々を見た外国人たちは祖国の労働者の悲惨な暮らしを思い出し、「これでいいのか?」と自問さえしていたのです。 『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より R060119 92