しあわせみんな 三号店

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「予防」で論文を量産する研究者

「予防」で論文を量産する研究者 研究の道に進んだ若手が身を立てるのに大切なのは、どんな学術雑誌にいくつ論文を出したか、つまり論文の「質」と「量」です。むろん、中堅研究者が存在感を高めるにも、論文は必須条件ですけれど。 二〇〇四~〇五年ごろから、若手の助教(昔の助手)には年限がつき、長くても一〇年でよそに移ることとなりました(欧米の流儀を形だけまねたため昨今は行き詰まり感が漂い、見直しも始まっている)。どこかの組織が講師や准教授を公募すると、ポストひとつに数十名の応募があるのは、けっして珍しくはありません。ささやかな審査経験からいうと、数十名を一〇名くらいに絞るとき、応募書類を隅々まで読む余裕などないため、まずは「出した論文の雑誌名と総数」でふるい分けします。 昔話をひとつ。私が修士課程で入った研究室の指導教官と先輩は、ある新しい分野を拓いた方々です。一九七二年の『ネイチャー』誌に短い論文が出た直後、国内外のおびただしい研究者が、その分野に飛びつきました。ひとりがMIT(マサチューセッツ工科大学)の若手、日本の学年なら二つ下なのでM君と呼ばせてもらう研究者。着眼の鋭いM君は、新分野でたちまち論文を有力誌に次々と発表します。大量の論文が(人徳も?)効いたのでしょう、四六歳でミズーリ州ワシントン大学の総長に就任しました。 就活だけではありません。研究を進めるにも、並のテーマで年に数百万円、大型研究なら数千万~数億円のお金がほしい。そんな研究費は、省庁や財団の公募に応じ、審査をパスしてようやく手にできる。むろん研究費の審査でも、手持ち論文の質と量が決定的に効くのです。英語圏でよく耳にするPublish or Perish(論文を出してナンボ)という格言(?)が、まさにそれを表しています。論文を出せば出すほど、研究者は好循環に入るので。 だから若手も中堅も、何はともあれ論文を増やしたい(ときどき起こる論文不正の温床)。そして論文が採択されるには、世界初の要素が少なくともひとつは必須です。かつて論文になった話が審査を通ることはありません。いきおい誰もが「新分野」の研究をしたい。新分野なら、世界初の要素も続々と見つかるからですね。 論文については、大事なポイントが二つあります。まず、論文の原稿は、その分野の有力研究者が審査する。温暖化の分野なら、「温暖化は危険だから研究が必要」と思う方々ですね。そのため、審査をパスして世に出る論文も「危険」側のものだらけになり、「温暖化は放置でよい」というトーンの学術論文が生まれる余地はありません。 第二に、審査を通って公開された論文は永久に残るため、現役のうちは、どこかの時点で「温暖化などたいした問題ではない」と気づいても、よほど図太い人でないかぎり公言しにくいのです。事実、定年になったあと意見を変える大御所もいます。 予防派が頼る気候科学は、旧来の化学や生物学と同様、論文のタネが豊かな新分野でした。とりわけ、計算プログラムどおりの「お告げ」を吐く気候シミュレーションの分野は、コンピュータがどんどん進化することもあって、いまなお活況を呈しています。 二〇二一年度ノーベル物理学賞の真鍋叔郎先生も気候シミュレーションの分野ですが、最初の論文が出た一九六九年は「地球寒冷化」「氷河期接近」騒ぎの最中だったため(ウソ7)、だいぶ苦労されたのかもしれません。二つ目の名高い論文が出た八九年の世情は幸い(?)、「温暖化」一色の大波が寄せ始めたころでした。 関係者が予防を選んだからこそ、莫大な研究費のおこぼれにあずかりつつ、次のような表題の論文を続々と発表する人々が生まれたのです(論文の表題は私の創作)。 ●温暖化がもたらす降水量分布の変化と洪水・渇水リスクの評価 ●温暖化の進行に伴う動植物の生息域分布の変化パターン解明 ●CO2の化学変化( 化学的固定)を通じた有用物質の製造法 もし(賢明にも)適応を選んでいたら、いまあげたような「研究」は―――私の感性だと―――ほとんど役に立ちません。まぁ研究には副産物がつきもので、副産物がノーベル賞につながった例もなくはないため、研究費の「ドブ捨て」とまでは申しませんが。 予防だからこそ、理系のほか文系(とりわけ社会学や経済学)の研究者も、温暖化(気候変動)の分野へ次々に参入でき、環境経済学などという新分野もつくり、次のような表題(これも創作)の論文を出しながら「研究」を楽しんできました。正しい適応路線が選ばれていたら、大半は見向きもされない書き物だと思いますが。 ●排出削減や省エネに関する住民意識の国際比較 ●セクターごとのCO2排出量に関する斬新な推計手法の提案 ●生活習慣と消費行動の変化によるCO2排出削減量の推計 いずれにせよ、適応のほうがずっと確実で安上がりなことを政治家やメディアに「気づかせなかった」予防派の才覚には、舌を巻くしかありません。 気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)