しあわせみんな 三号店

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おわりに―――気候変動も脱炭素も忘れよう

おわりに―――気候変動も脱炭素も忘れよう ウソ9では話の都合上、気候変動話に向き合う姿勢が、国連(とりわけIPCCの関係者も環境研究者も企業人も、ほぼ同じかのように書きました。けれど企業の方々は、少なくとも知り合いの企業人は、気候変動や脱炭素のことをそれほど心配してはいないように思えます。大部分の国民もそうでしょう。 NHKを初めとするメディアの大半は、「気候変動、待ったなし」と国民を脅してきました。けれど日ごろの暮らしで、何か危機感を覚えたりしますか? 豪雨は昔からあるし、梅雨入りとか富士山の初雪が早い年も遅い年もある。ほかの気象データにも、危機が迫る気配など見えません(ウソ2~6)。 温暖化の研究や対策を業務にする方々は除き、壮年以上の国民なら、メディアがあれほど騒ぐので「そうなんだと思ってしまう」だけでしょう。問題は、本章の冒頭に紹介したような若い層です。小学校に入学以来、教科書の温暖化話を読まされ、温暖化の「怖さ」を先生に教わってきました。そんな若者たちこそが、温暖化(気候変動)の犠牲者なのかもしれません。 意味のない「気候変動」「脱炭素」を気にかけるのは、貴重な時間のドブ捨てですし、精神衛生にもよくありません。さっさと忘れてしまいましょう。 個人はそれでよいとしても、国のレベルだと、そう簡単にはいきません。最善の道は、トランプ前大統領にならい、気候変動枠組条約から脱けること。それはさすがにむずかしいなら、COPでもらう「化石賞」は柳に風と受け流し、二〇三〇年に四六%削減とか五〇年にゼロとかの数字遊びにつき合いつつも、実質的に何もしないのが次善の策です。国の活力を上げながら削減できるはずもなく、本気で削減を目指す国など存在しないわけだから。 京都議定書時代に払った一六〇〇億円も、今後の「予定」を含む三〇〇〇億円も(ウソ10)、世界とつき合うための交際費とみればいい。ひょっとして、CO2削減のことで日本国民が浮足立ったりしていないのは、賢明な官僚がそんな気分で立ち回ってきた成果かもしれません。 気候の危機も、脱炭素・カーボンニュートラルも、「環境配慮」の製品や行動も、世界規模の妄想と洗脳を織りなすキーワードでした。皆さんができるだけ早く悪い夢から覚め、社会を健全な姿に戻すよう願っています。 「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)