しあわせみんな 三号店

日本人は太古の昔から「しあわせみんな」という素晴らしい知恵をもって生きてきました

●「架空の環境」を作りだすDNA

●「架空の環境」を作りだすDNA わたしたちやわたしたちの子供が、自然から遠ざかり、架空の世界に入りこみ、現実を喪失していく道筋は一つだけではありません。複雑な現代を生きるわたしたちを襲う様々なものがうごめいています。そのうちの一つは、言うまでもなく、現在進行形の遠伝子工学です。 遺伝子工学は生物のゲノムと呼ばれる遺伝情報を読みとり、それを活用する学問です。犯罪者を特定したり、遺伝病の治療に役立つことが期待されていますし、その成果は人類の寿命を飛躍的に延ばすことに役立つと予想されます。しかし、その反面、わたしたちに絶望も与えるでしょう。 それは、わたしたちの人生や現境を考えるうえで今や無視できなくなりつつあります。 一九五三年にワトソンとクリックがDNAの構造を明らかにしてから五〇年、人類史上、最大ともいわれるこの発見が応用され、実用に結びつく時期になってきました。なぜなら、多くの科学的な進歩は、そのもとになる原理が発見されてから、五〇年ほど後に応用されるからです。 実際、遺伝子操作、クローン動物など追伝子工学の技術が最近の新聞の紙面をにぎわしています。特に「死んだウシ」の細胞を使って、そのウシと全く同じウシをクローンで作りだした実験が報じられました。まさに「死んだ動物」を「再生 させた」ということでは生命の神秘に人間が踏みこんだ歴史的事件とも言えます。次は「クローン人間」だと言われています。クローン人間の実験が成功したら、「死んだ人間」をもう一度、 再生させることができます。 これは、「驚くべき研究結果」というより以上の衝撃をもたらすでしょう。 イギリスの新聞が、DNAの操作によって臓器移植に画期的な方法が発見されたことを伝えた次の記事は、この問題を考えるカギをあたえる報道です。 「国立遺伝学研究所はDNAの操作で、ブタのの中に人の肝臓の遺伝子を組み込むことに成功した。この遺伝子を持つプタは格好はブタであるが、その肝臓は人間と全く同じである。このプタから肝臓を取りだし人間に移植しても、もともと人間の肝臓なので拒絶反応もない。もはや人間の臓器移植は『人の死』を問題にしなくてもよくなった 。」 最近、あまり報道されませんが、ひと頃、「脳死は人の死か」という議論が盛んに行われました。そのような議論が起こったのは、純粋に、「死」というものが問題になったのではなく、便宜的な議論でした。つまり、臓器移植の医療技術が進歩したからです。 臓器移植が成功するようになって、以前より多くの臓器が必要になりました。さらに、移植される臓器は、それを提供する人が完全に死んで、ある時間が経ってしまうと具合が良くありません。 つまり、臓器移植はできるようになったけれど、提供者が完全に死んだら使いものにならない、ということになると、「死んでいるか生きているかのぎりぎり」で臓器を摘出したくなります。 そこで、「死」を考え直すことになったのです。 これまでは「脳も心臓も止まった」という状態を「死んだ」としていたのですが、それでは遅いということで、「心臓は生きているが脳は死んでいる」という状態を「人の死」としようじゃないか、というのが、脳死の問題です。 つまり、脳死の議論は動機が不純なのです。 医学が進んで、人の死というものがよく判り、従来は「脳と心臓が止まれば死」と考えてきたのだけれど、どうも「脳が死ねばダメだ」と判ったというならよいのですが、そうではないところに問題があります。つまり、人の死は「死」というものだけで純粋に考えるべきもので、「移植したいから、死の定義を変えてくれ」ということでは、「命」という大きなことについて、正しい判断が得られるかは疑問です。 もちろん、臓器移植自体を否定しているのではありません。二〇世紀は「効率のためにはなんでもやる」という時代ですから、それを引きずった脳死の議論では、こころの隅で「できれば死の時期を早くして臓器の提供を進めたい。そのために何かよい理屈はないだろうか」と「部分的な正しさ」に目を奪われます。 ところで、こうして脳死の議論をしているうちに、臓器移植の問題の解決は別のことから出てきました。 人間が死んでから臓器を使おうとするからやっかいなのであって、動物の臓器を使えれば脳死の問題はない、ということです。それには「ブタ」を使うのがよいと考えたのです。 ふたたび、ブタの登場です。 たしかに人間の肝臓を持つブタができれば便利です。この「人間肝臓ブタ」を飼育しておけば肝臓が悪くなった人が出てきたら人間肝臓ブタを殺して肝臓を取りだせばよいということになります。そうなると人間の死が心臓死か脳死かというような複雑で哲学的な問題を解くことも回避できます。 そこで「遺伝子工学」の登場です。人間の肝臓を作るDNAの部分を切りとり、それをブタの肝臓のDNAの部分と入れ替えるのです。そうすれば「人間肝臓ブタ」ができます。多少の拒絶反応が見られるかもしれませんが、なんといっても人間の肝臓です。使える可能性は高いと言えます。 『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 20231012 31