しあわせみんな 三号店

日本人は太古の昔から「しあわせみんな」という素晴らしい知恵をもって生きてきました

「一日三時間立つ」という最適環境

「一日三時間立つ」という最適環境 「正しさ」が変化することによって分岐点を越えた例をもう一つ示します。この例も「苦」が「楽」になるという例でもありますが、それを越えて「得」が「損」になると考えたほうがよい例です。 前章でバークヘッド博士の「座ると骨のカルシウムが逃げる」という実験を紹介しました。わたしたちの毎日の生活を振り返ってみますと、現代では案外、「立つ時間」がないことに気がつきます。子供たちは学校でも座り続け、放課後は塾で座っています。テレビゲームをするときもソファか床に座り、昔のように外で遊んでいる時間が短くなりました。 都会のサラリーマンはデスクワークや会議で、これも、ほとんど一日中、座っています。立つという点で、唯一のチャンスは通勤電車での往復という人も多いでしょう。それも運悪く座ることができたりすると、その日はほとんど立つチャンスを失います。また、郊外に住むサラリーマンはさらに「立つ権利」が剥奪されているような感じです。朝、家を出るとすぐ車を運転して通勤。そのままオフィスで仕事。商用で出かけるのも車。二、三分歩くだけですぐ車を使ってしまいます。いったい、歩く時間はどれほどあるのでしょうか? 立っている時間や運動と肥満とは必ずしも一定の関係はありませんが、参考のために都市に住む人と郊外の人の肥満の調査結果を比較してみましょう。 今から30年前には肥満の人の割合は大都市の方が郊外より多かったのですが、最近では、郊外の人の方の肥満が増えてきました。一九九五年に日本肥満学会の基準で肥満とされた人の数で整理をしますと、二〇歳代から四〇歳代の男性の場合、大都市圏では二五パーセントであるのに対して、郊外の男性は三〇パーセントと肥満が多いのです。ちなみに、最近では女性の方が肥満に対して注意をしていますので、女性の方が、二〇パーセントと男性より少ない結果が得られています。 どうやら、現代人、特に郊外に住んでいる男性にとって、運動の機会を持つことは案外、大変なことになってきたのです。そういう環境では電車に乗ったときなどは「立つことのできる貴重なチャンス」であり、そんなときに座るのは「得」ではなく「損」であることを意識的に考えることも必要かもしれません。 ところで現代の日本人はどの程度、歩いたり立ったりしているのかを一六一頁の図に示しました。平均的には六五〇〇歩ほど歩いているので、立っている時間に換算すると三時間より少し少ない程度ですが、この調査結果で気になるのはお年寄りです。お年寄りの一日平均の歩数は三〇〇〇歩。立っている時間になおしますと一時間に足りません。明らかな運動不足ですが、これがお年寄りに適切か不足しているかは難しいところです。もともと人によって最適な運動量というのは違い、特にお年寄りの場合は体調の良しあしもあり、病気の有無などで過度の負担や運動が適していない方も多いからです。それでも、単に平均的な傾向だけを見るとお年寄りの方はあまり歩かない、立っている時間が少ないことはたしかなようです。



『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 2023119   161