しあわせみんな 三号店

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飽食と腹八分目の科学

飽食と腹八分目の科学 さらに哺乳動物のラットの場合では、栄養を特に制限しない「自由食」のときの平均寿命が二三カ月なのに対して、「制限食」のもとで飼育した場合には、平均寿命は三三カ月のび、その中でも一番長く生きたラットは実に二倍と報告されています。

左図下にはマウスの栄養と生存曲線を示しましたが、栄養を普通に与えているマウスに対して、カロリーを制限したマウスの生存率は明らかに長いことがよく判ります。人間でいえば普通の人が八〇歳の寿命なら一二〇歳も生きることができるということになるのですから、本当にすごい差があるものだと駕きます。 実は、栄養を制限するとマ ウスの寿命がのびることが発見されたのはかなり前のことで、アメリカ人のマッケイ博士が今から六五年前に見いだしました。その後、多くの実験が行われて、今では様々な動物に対する「制限食」の効果がはっきりと認められています。ところで、一口に「制限食」といっても餌のやり方は難しいようです。人間と違ってマウスやラットは口をききませんし、体が小さく活動が活発、代謝も盛んであることもあって、あまり食事を制限すると弱ってしまいます。毎食、キチンと食事の量を制限するのはとても大変です。そこで、制限食の実験のなかでは単に餌をやる頻度を減らしたりするような相当、乱暴な実験も目につきます。 そのような難しさはありますが、かなり精密な制限食の実験では、自由食の約八〇パーセント程度の食事を与えているときが一番良い成績を収めています。まさに、「腹八分目」ということでしょうか。 この研究では平均寿命の他に重要な研究テーマがあります。それは、制限食の動物が単に平均寿命がのびるだけなのか、体の機能や頭も老化しないのかということです。単に平均寿命がのびるだけで、後半生は体の機能が衰えて生きているだけ、というのでは制限食の持つ意味が薄れるからです。そこで、研究の中から、二、三の例を示します。 まず、自由食と制限食のラットに「記憶力試験」をした結果を示します。

■::3月齢ラット(若い) □:11月齢ラット  ▲:25月齢ラット(老い) 左図は少しややこしいグラフですが、何を示しているかというと、自由食のラットは歳をとり、二五月齢になると頭がボケてきて覚えられなくなり、間違いが多くなることを示しています。上のグラフで黒三角の上の線が他の線と離れて上にあるのがそれを示しています。ラットの二五月齢というと人間では七〇歳程度ですので、すこし頭がボケて、間違いが増えるのも当然かもしれません。それに対して制限食のラットは二五月齢になっても記憶力は若い頃とほとんど同じです。

■::3月齢ラット(若い) □:11月齢ラット  ▲:25月齢ラット(老い)

このように、食事を制限すると頭の衰えも少なくなるとともに、体の抵抗力も衰えないようです。その実験として免疫力を測定した例を一二五頁に示しました。自由食ラットでは三月齢が免疫力のピークですぐに低下し、一四月齢ではすでに免疫力はピーク時の半分になっています。人間でいえば四〇歳にあたります。このように自由食ラットが早く免疫力が低下する のに対して、制限食ラットは免疫力の低下が少なく、ピークを打つのも一〇月齢と約三倍、免疫力が半分になるのは三〇月齢以上と延びることが判ります。免疫力が高いということは普通の感染性の病気も抑えますが、ガンなどのように異物を見つけ、それを除去する能力も高いことを意味しています。 このように、制限食のラットが長生きをするのは体は衰えているのに寿命だけ長いというのではなく、頭もはっきりしているし、免疫力なども若々しく体の機能が低下していないことに起因しているのです。これらの結果を総合的に考えると、あまりに栄養が少なければ寿命が低下しますが、ある程度栄養が獲得できると平均寿命が延び、さらに行き過ぎて「食べたいだけ食べる」ような状態になると逆に平均寿命が短くなることが判ります(松尾光芳編著『老化と環境因子』(学界出版センター)を参考にさせていただきました)。



『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 20231108   123