しあわせみんな 三号店

日本人は太古の昔から「しあわせみんな」という素晴らしい知恵をもって生きてきました

とても寛容な日本人の宗教観

とても寛容な日本人の宗教観 自然と祖先を神様と考える日本人の宗教観は 、日常的な 生活を安定させることになり、「お天道様の下ではウソをつかない」というような、自然と一体化した道徳概念を生み出しました。 その宗教観の下では人間も動物も虫もみんな同じひとつの命であり、もちろん人間同士でも差別をせず、同じ日本人として一致団結して頑張るという精神文化の土壌をつくりました。 政治的理由から宗教を弾圧することは、ポルトガルがキリ スト教を持ち込んだ時の島原の乱などがありましたが、宗教観の違いを理由とする宗教戦争はほとんどありませんでした。 神の名の下に殺し合うというのはもともとそれ自体が矛盾した話で、まったく無意味だと考えるのが日本人なのです。 そのような日本人のふるまいや思想は、国家の団結にもつながり、日本人同士が醜い宗教上のケンカをしないという点でも極めて大きな効果をもたらしました。 また日常的なことでは、海外で日本人のいるところではウソが少ないと言われています。「日本人は借りたお金を必ず返してくる」と海外勤務の商社の人たちは言われるそうです。 基本的な道徳心があるために、人口1人あたりの警察官の人数がヨーロッパの半分程度という少なさでも社会は安定しています。人々の間の争い ごとが少ないから裁判の件数も少なくて諸外国に比べると3分の1から8分の1程度だといわれています。 日常生活においては特に契約書を交わさなくても「約束を違えれば恥になる」「恥は避けなければならない」という高い道徳 心、があるために、順調な日本社会というものをつくってきました。 産業も発達したし戦争でも強く、トラブルも少ない。そのような極めて優れた文化をつくってきたわけです。

日本の宗教学者にはぜひ、そのような日本の宗教を定義する言葉を つくり、その日本の宗教がいかに日本の発展に役だったかということをはっきりと話していただきたいものです。 衰退を続ける昨今の日本を見るにつけて、そろそろそういったことをはっきりさせるべき時期に入ってきているのではないかと思うのです。 日本の宗教観は日本の繁栄にものす ごく役立っています。これが現在も機能していたら、今回の新型コロナ の大騒ぎも起こらなかったでしょう。新型コロナに感染した人をいじめて自殺に追い込むなどということは、日本社会の宗教観からいえばまったく話になりません。 日本の宗教観ならば、新型コロナのウイルスもまた自然ですから、ウイルスを排斥することに血道をあげるのではなく、共存してやっていく道を優先して模索したのではないでしょうか。 かつての日本人がなぜ幸福だったのか―――ということについて、私たちはじっくりと考えなければなりません。それが日本を復活 させる原動力になると私は確信しています。 データと事実に基づいた理系思考で整理すれば、自ずと日本の素晴らしさが理解できるでしょう。フェイクニュースを見抜き、日本の未来をつくるのは我々国民次第なのです。 令和四年 弥生 武田邦彦 『「新型コロナ」「EV脱炭素」「SDGs」の大ウソ』武田邦彦著 ビジネス社刊 20240510 P215