「魚離れ」はなぜ起きた? 何事も、原因がつかめていなければ方向性が定まらず、それが的外れであれば、いくら頑張っても徒労になってしまう。そもそも、かつては魚食大国ニッポンと世界で呼ばれたわが国が、どのように魚離れを生じたのか。それは戦前から現代に至るまでの国内の食の変遷を辿ると見えてくる。 戦前から戦後にかけて、国民は飢えつつも一様に魚を食べていた時代があった。基本的には肉は手に入らず、魚、米、野菜が食の主軸であったが、ここから昭和の高度経済成長期に入り、新たな食材と食習慣が国内外からもたらされた。それは小麦粉、油、乳製品、そして若干の肉である。これにより戦後の飢えた状態から一気に日本人の栄旋バランスが向上する。米国のシンクタンクが調査したところによると、日本の昭和30~40年代の食事は、世界で最も健康に良い食であるとの報告があるし、生活習恨病患者100人にこの頃の食を1か月摂取させたところ、ほぽ快癒した東北大学での実証結果を見ても、その優秀さは歴然としている。 ところが、この時期に導入され定着していった海外からの新しい食習慣がエスカレートし現代に向かうと、 食の多様性を享受する反面、それは洵外からの輸入に頼ることとなり、相対的に肉と小麦粉の消費量が増え魚と米の消費量が減っていった。そして時期を同じくして生活習慣病が増えていったのは無関係とはいえない。
国民の年齢層で見ると、今の魚食を支えている主力は、かつて昭和期を経た60代以上の年配層であり、30~60歳の働き手たちは、幼少の頃の味は覚えているので食べたくても食べ方がわからない場合が多い。したがって外食で魚を食べることとなり、これが今の魚食を支えている。そしてそれより若い枇代となると、家庭での魚の味を覚えているとは限らず、魚はメインから外れ、常食のオカズ(日常=ケ)から嗜好品(非日常=ハレ)へと変わりつつあるのが実情である。ここから未来を予測すると、このまま放放置すれば、そのような世代の成長と同時に魚をよく食べる世代が寿命を迎え、魚離れはさらに進行することが見込まれるわけだが、その核は実は家庭内の魚食にあるということが、この一連の流れから絞り込めてくるのである。 『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「魚離れの実相」事実の理解とその対策・展望を考える 上田勝彦氏より R050605