しあわせみんな 三号店

日本人は太古の昔から「しあわせみんな」という素晴らしい知恵をもって生きてきました

●“一度も振り向かない”人生

●“一度も振り向かない”人生 「究極の飼育法」とは? まず、子ブタが生まれるとすぐ、狭い囲いに入れます。囲いの大きさは精緻に設計されていて、一匹のブタがやっと入れる程度。そして、囲いは、ブタの成長に合わせて、幅を自由に変えられるようになっています。飼育場には監視カメラが設置されていて、ブタがどのくらいの大きさになったかを測定し、成長にあわせて、柵を少しずつ拡げていく方式です。 だから、プタにとっては、狭いながらも楽しい我が家というわけで、そのなかですくすくと育ちます。不満といえば、柵のなかで体を回転させることができないことです。僅かに体を動かすだけで柵にぶつかり、体が回転できるほどの幅は与えられていないのです。いわば「回転禁止ブタ」とでも言ったらよいのでしょう。 かくして、「究極の飼育法」の養豚場には大勢のブタが柵のなかに行儀良くならび、顔はエサが流れてくるベルトコンベアーの方を向いています。そのベルトコンベアーの上には、決まった時間に美味しそうなエサが、美しい音楽とともに流れてきます。ブタはもともと食欲旺盛な動物ですから、目の前のエサを夢中で貪るという仕組みです。 ブタに与えるエサは養豚場で栄養学的にもキチンと計算され、できるだけ早くブタが太るように工夫されています。もちろん、「ドーピング・ブタ」の経験も活かされ、与えられるエサの中には、消化剤、食欲増進剤が入っています。なにしろ、ほとんど運動をしないのですから、消化薬は必須。そして、時には、病気をしないための抗生物質、肉の質を変えるためのホルモン剤など、早く育ち、早く太るために役に立つ、あらゆる工夫がなされます。 ブタにしてみればお腹は減るし、食事は美味しい、病気にはならない、というわけですから、とても幸福です。食べるものがなくなる不安もありませんし、仲間と争う必要もありません。だいいち、柵のなかには自分一人ですから、他のブタとケンカをする必要もないのです。 毎日、目の前に来る美味しい食事をどんどん食べて太ります。柵が狭いのも、生まれてこのかた、柵のなかでの生活しか知らないので、すっかり慣れてきます。 柵が狭いのには理由があります。 ブタが体を動かすとそれだけエネルギーを使いますので、運動は「肉を生産する効率」という点では、むしろ害毒なのです。つまり、「少しでも太らせる」という目的のためにはブタに余計な運動はさせたくないというのが養豚場の狙いです。飼料に払うお金もバカになりませんし、断じて、ブタが余計なエネルギーを使ってもらっては困るのです。与えたエサはすべて肉になるのが理想ですから。 かくして、ブタは、生まれてこのかた、一回も振り向かない人生を送ります。 じっとしていればお腹が減る、お腹が減れば食事がでてくる、という天国のような生活をしていると、ある日、囲いの後ろのドアーが開きます。 ブタにとっては人生で最初の運動の機会が訪れたのです。 「やっと体が動かせる」と喜びいさんで、ブタはゆっくり開くドアーを待ちきれずに後ろに下がります。それは、この「回転禁止ブタ」の人生にとって、最初で最後の運動となるのです。 あれほど騒がしかった養豚場はしばしの静寂に包まれます。 生から死へ、生命が地上に誕生して以来、限りなく続いてきたこの劇的な変化が、養豚場にも周期的に訪れるのです。 去っていったブタ、身動きのできない柵に囲まれて、目の前に流れてくるエサをほおばっていたブタ、彼らの一生は幸福だったようにも見えます。なにしろ、動物にとって一番の心配事である食糧は十分にあり、病気もせず、心配事もな く、おまけに、ほかに自分と違った人生ならぬ「豚生」があるとも知らないで、その一生を送ることができたのですから。 『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 20231007