しあわせみんな 三号店

日本人は太古の昔から「しあわせみんな」という素晴らしい知恵をもって生きてきました

自然への感謝

自然への感謝 人間の脳は、誠にさまざまな部分からできています。 自覚できる知的な活動をつかさどる部分として、大脳皮質と前頭葉があります。人類の発生は700万年ほど前と言われており、アウストラロピテクスがアフリカ大陸で二足歩行を始めてから、手を使うことで大脳皮質が大きくなり始め、現代の私たちが持つような脳へと進化していくことになります。 人間としての「意識」がどの時期に宿ったのかということについては科学的には分析がまだ不十分ですが、大脳皮質が本能を抑制することができるようになったのは200万年前のことです。脳の情報が本能を上まわり、本来であれば反本能的である火の使用を開始し、また、性欲の減退ということも始まりました。その後、20万年くらい前から現代の私たちに近い感情が生まれたとも言われています。 新人と言われ、4万年くらい前まで存在したとされているネアンデルタール人は、私たちホモ・サピエンスよりも脳が大きかったと言います。ネアンデルタール人ホモ・サピエンスとはかなり近い関係にあり、一部では交配して、遺伝子 が今に受け継がれているようです。分類で言えば、ネアンデルタール人ホモ・エレクトス、私たちはホモ・サピエンスですが、親戚と言ってもいいような関係です。 このネアンデルタール人が、人間を埋葬する習慣を持ちました。膝を抱くような形で埋葬する、埋葬した人の横に花を手向ける、といったことも始めました。つまり、死ぬとはどういうことか、死んだらどうなるのか、といった疑問や、花を手向けて悼むという気持ちなど、現代の人間に近い心の動きを持つようになった、ということです。それは、人間以外の動物には見られない感情でした。 ネアンデルタール人ホモ・サピエンスは同時代を生きていましたが、5万年くらい前からホモ・サピエンスが優位になりました。3万6000年くらい前に、旧石器時代を迎えます。この時代の石器はあまり石に細工を施さず、細長い石に直接木を結わえて獲物をとったり木を斬ったりする程度のものでしたが、原始的なものとはいえ、それは立派に道具と言えるレベルのものでした。 当時から人類は集団生活をしていました。道具の使用とともに、集団生活は脳の発 達を促します。 初期の人類は多くて10人くらいの集団だったと考えられます。これが1万年くらい前に1000人規模に膨れ上がります。この規模になると組織立った動きが出てきますし、人間同士の争いなども出てきます。宗教的なものや、心に安寧をもたらす、いわゆる芸術といったようなことが必要になってきます。

この頃から日本は温帯の島国でした。梅雨などの雨季もあり、周期的に雨が降ります。夏になると太陽光が強く降り注ぎ、光合成を促進して植物がよく育ちます。秋は台風がやってくるなどしますが、実りの多い季節です。生活は安定していました。 冬になると雪が降りますが、この頃の日本には豪雪地帯はなかったとされています大陸とは地続きで、対馬海峡がまだ閉ざされた状態でしたから、日本海に暖かな対 馬海流は流れ込んでいませんでした。日本海は今よりも冷たい海だったのです。海水温が低かったので水の蒸発量は少なく、現在の北陸から東北地方にたくさんの雪が降ることはありませんでした。 やがて対馬海峡が広がりました。南方の太平洋から流れ込んだ暖流は九州にぶつかり、その太平洋側が日本海流と呼ばれる暖流になります。それが日本海側に流れ込むようになったのが対馬海流です。対馬海流のおかげで日本海側の海水温が上がりました。温かくなった海水は大量の水分を蒸発させます。そこに大陸から冷たい西北風が吹き込みます。水蒸気をたっぷり含んだ冷たい風が日本列島の中央山嶺にぶつかるので、北陸から東北地方は世界でも有数の豪雪地帯になりました。豪雪の雪解け水が日本の農耕文化を育みました。 雪解けの頃、中国の奥地から偏西風に乗って黄砂がやってきます。昨今、黄砂は悪者扱いですが、本来はこれも日本への恵みの一つでした。黄砂は弱アルカリ性です。 耕作を続けると農地は少しずつ酸性になっていきます。土地がやせてくるわけです。 これを黄砂が防いでいました。日本の土地が安定的に粟や稗(ひえ)、コメなどの農作物を栽培しやすいものだった理由の一つです。 黄砂は海にも降り注ぎます。海も酸性になりがちなので、黄砂は酸性とアルカリ性を調整する役目を果たします。そのおかげで日本近海は漁獲量の多い豊かな海になっていました。 計り知れないほどの自然の恩恵に恵まれ、しかも周囲を海に囲まれていたのが日本でした。外敵の侵入も少なく、海洋性の穏やかな気候の日本で育まれた思想は、大陸で生まれたような自然と対決する思想ではなく、自然に感謝する思想です。山や川、野の恵みに感謝する宗教が自然と生まれたのです。 『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より R060220 193